遺伝情報の発現

【ニーレンバーグの実験】なぜ開始コドンなしで翻訳が起こったのか

ニーレンバーグの実験のおかしな所

普通、私たちが翻訳の過程として学習するのは、翻訳は開始コドンAUGから開始されるということである。実際に様々な翻訳に関する設問においても、この点はブレることはない。しかし、ニーレンバーグの実験では一点不可解なことがある。それは「開始コドンなしに、どうして翻訳することができたのか」ということである。本来ならば、下画像のようにスキャニングによってAUGが認識されてから、翻訳が開始する。

http://altair.sci.hokudai.ac.jp/

ちなみに、ニーレンバーグの実験とは、UUUのみのmRNAを合成しフェニルアラニンのポリペプチドが合成された実験である。このことから、UUUがフェニルアラニンを示すコドンであることを解明した。

ニーレンバーグ

https://www.khanacademy.org/

人為的影響(アーティファクト)による幸運

彼の実験結果は人為的影響によるものと言えるだろう。人為的影響とは、生体内とは異なる人工的な環境で何らかの影響が生じ、実際とは異なる反応が出ることである。この実験での影響は、「AUGがなくとも翻訳が開始される」というものだった。しかし、UUUがフェニルアラニンというアミノ酸を指定することには何の影響も無かった。ある意味、人為的影響のラッキーと言える実験であった。

教科書などには、このことが書かれていないので、UUUからでも翻訳が開始されるかのような誤解を生じるばかりである。しかし、あくまでの翻訳が開始されたのは単純に人工的環境による影響だったと理解しよう。

遺伝子組み換え技術(動物)

レトロウィルスを使った方法

レトロウィルスとはRNA逆転写酵素を持ったウィルスである。HIVウィルスなどが有名。

retrovirus 2

レトロウィルスは細胞内に侵入すると、逆転写酵素を使いウィルスRNAからウィルスDNAを作り出す。 ウィルスDNAは核内に侵入し、宿主DNAに組み込まれる。この際、、宿主細胞のDNAを傷つける恐れもある。iPS細胞はこの方法によって作成された。

retrovirus
 レトロウィルスによる遺伝子導入http://researchmap.jp

遺伝子組換え技術(植物)

遺伝子組換え植物はアグロバクテリウム法か、パーティクルガン法によって作成される。

アグロバクテリウム法

植物細胞に感染してDNAを送り込む性質のあるアグロバクテリウムを利用して、植物細胞に遺伝子を組み込む。

aguro
アグロパクテリウム

この菌は巨大なプラスミドを有しており、その一部であるDNA断片を植物細胞に注入し、DNA断片は植物細胞のゲノムに挿入される。

 aguro2
アグロバクテリウム法http://www.monsanto.co.jp/

パーティクルガン法

金の微粒子に有用な遺伝子を付着させ、高圧ガスの力で植物の組織に打ち込んで導入する。

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 パーティクルガン法http://www.monsanto.co.jp/

バイオテクノロジーの応用

遺伝子組換えと医療

遺伝子組換え大腸菌を利用し、インスリン(糖尿病治療)、インターロイキン(免疫増強)、インターフェロン(抗ウィルスの作用)、ワクチンのタンパク質などが合成されている。

大腸菌

http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/

遺伝子ノックアウト

特定の遺伝子を発現できないようにしたマウスをノックアウトマウスと呼ぶ。遺伝子と病気の関係を研究するのによく用いられる。下画像は、右が筋肉成長抑制遺伝子をノックアウトされたマウスである。

DNAマイクロアレイ

どの遺伝子が発現しているかを調べる方法である。細胞内のmRNAを抽出し、標識を付ける。DNAチップに無数の遺伝子のDNAをつけておき、先ほど作成したmRNAと結合させる。すると、どの遺伝子が発現したのかがわかる。この方法も医療研究などに利用されている。

トランスジェニック生物

人が遺伝子を人工的に導入した生物をトランスジェニック生物と呼ぶ。これが食品になると遺伝子組換え食品(通称GMフード)と呼ばれる。人体にどのような影響があるか不明(有害か無害かも不明)なため、一部では危険視されている。また、害虫に強い植物などが自然界に流出すると生態系を破壊する恐れがあるとされている。下画像は蛍光タンパク質の遺伝子を挿入されたバッタである。

DNA型鑑定

DNAの反復配列のパターンから個人を特定する方法である。犯罪や血縁鑑定などに利用され、DNA鑑定が大きな証拠となる

ゲノムプロジェクト

人の塩基配列を全て解読するプロジェクト。製薬会社が特許を取り、情報を独占しようとしたが、研究者たちの協力して製薬会社よりも早くに解読した(下画像は解読した塩基配列が記載されている本)。ゲノム情報を見るとどのような遺伝子疾患があるかが判明するため、ゲノムはきわめて重要な個人情報である。

ゲノムプロジェクト

https://ja.wikipedia.org/

DNAの塩基配列の解析

DNAの塩基配列の解析

次の手順で行われる。

  1. 目的のDNAをPCR法で増幅させる。
  2. PCRの際に、普通のヌクレオチド(A、T、G、C)の他に、DNAの伸長を止める特殊なヌクレオチド(蛍光標識しておいたA、T、G、C)を入れておき、様々な長さのDNA断片も合成する。
  3. 合成されたヌクレオチドを1本鎖にして、シークエンサー(DNA断片を長さごとに分ける機械)にかける。分けられたDNA断片の蛍光標識したヌクレオチドを判別していくと、DNAの塩基配列が解析できる。
DNAシークエンス
蛍光標識がついたヌクレオチドが結合するとDNA複製がストップする。http://www.mawiz.co/?p=3624

DNAシークエンス2
A、T、G、Cの蛍光色を判別するhttp://www.mun.ca/

電気泳動法

電気泳動法

DNAが負(マイナス)に帯電しているのを利用し、電気を流して+側にゲルの中を移動させる方法。小さなDNA断片ほど+側に移動し、大きいDNA断片はゲルに邪魔されて前にあまり進めない。これを利用して、DNAの長さを推定することができる。

DNAが負(-)に帯電している理由

DNAにはリン酸が含まれており(ホスホジエステル結合と呼ぶ)、水溶液中ではH+が電離して、負に帯電している。このリン酸によってDNA全体が負に帯電することとなる。

PCR法

PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)

DNAのコピーを大量に作る方法である。遺伝子組み換え実験などでは、大量の遺伝子が必要となるため、どの実験室にもPCRの装置がついているほどである。次の手順で行われる。

  1. 増やしたいDNA(2本鎖)を95℃に加熱する。すると、塩基の水素結合が離れ、1本鎖になる。
  2. 60℃に冷却し、増やしたいDNA(1本鎖)にプライマー(RNA)を結合させる。
  3. 72℃に加熱し、DNAポリメラーゼによってDNA複製をさせ、2本鎖にする。このDNAポリメラーゼは熱に強い好熱性細菌のものを使用する。
  4. 1~3の過程を何度も繰り返すことによってDNAを大量に増幅することができる。

PCR

遺伝子組み換え

遺伝子組換え

DNAに特定の塩基配列を組み込むことを遺伝子組換えと呼ぶ。インスリン、成長ホルモン、インターフェロン(抗癌剤などが遺伝子組み換え細菌によって合成されている。遺伝子組み換え技術によってできた生物をトランスジェニック生物と呼ぶ。

糖尿病治療-インスリン-

様々な生物で遺伝子組み換えが行われているが、大腸菌のインスリン合成が有名である。大腸菌からインスリンが合成される前はブタのインスリンを抽出して利用していた。

科学者たちはヒトインスリンに構造が非常に近いブタやウシのインスリンからヒトインスリンを合成する研究を進めた。1979
年、ノボ社がブタインスリンから酵素変換法によるヒトインスリン(半合成)の合成に成功し、1982年に世界初のヒトインスリン製剤「アクトラピッド
ヒューマン」、「モノタードヒューマン」を発売した。ヒトインスリン製剤の登場で、アレルギー反応などの副作用は激減した。

しかしこの方法では、将来的な材料不足の懸念は解消されていなかった。1人の糖尿病患者が1年間に使用するインスリンを生産するには、約70頭のブタが必要だったからだ。

http://www.novonordisk.co.jp/

豚

豚の膵臓の山http://blog.goo.ne.jp/

大腸菌の遺伝子組み換え

遺伝子組み換え大腸菌は次の手順で作成される。。

  1. ヒトのインスリンの遺伝子を制限酵素で切り取る。制限酵素はある配列でDNAを切断する酵素である。
  2. 大腸菌のプラスミド(環状DNA)を同じ種類の制限酵素で切り取る。すると、切り口が同じになる。
  3. ヒトの遺伝子とプラスミドをDNAリガーゼで結合させる。
  4. 組み換えプラスミドを大腸菌に戻し、複製、発現させる。

遺伝子組み換え

遺伝子組み換え方法http://www.bbc.co.uk/

遺伝子を組み込まれたプラスミドのように、遺伝子の運び手となるものをベクターと呼ぶ。

制限酵素について

制限酵素はある決まった配列部分を切る酵素である。その種類はいくつかあり、それぞれ認識する配列が異なっている。下画像はEcoRIとBam HIと呼ばれる制限酵素の認識部位と切り方である。

http://www.kenq.net/

制限酵素の認識部位は回文構造になっているのが特徴である。EcoRIの場合、上段を左から読むとGAATTCで、下段を右から読むとGAATTCCになっている。それぞれの塩基配列を覚える必要はないが、回文構造になっていることだけ頭に入れておこう。塩基配列から制限酵素認識部位を推測する問題が過去に出題されたこともある(福井大)。

原核生物の遺伝子発現調節

オペロン説

ジャコブモノが提唱した、「抑制物質調節遺伝子構造遺伝子群オペロンが組になって遺伝子が働くとする説」である。構造遺伝子とは、1つの転写因子によって発現する複数の遺伝子の組のことである。ジャコブとモノは大腸菌の突然変異体を用いて原核生物の遺伝子発現調節を研究した。ラクトースオペロンやトリプトファンオペロンなどが確認されている。

ジャコブモノー
ジャコブとモノーhttp://ja.wikipedia.org/wiki/

ラクトースオペロン

ラクトースオペロンとは、ラクトース 分解酵素に関与する一連の構造遺伝子群(オペロン)で、リプレッサー(タンパク質)オペレーター(DNA領域)により 転写が支配されている。

ラクトースが培地に無い時

調節遺伝子が発現し、リプレッサー(調節タンパク質)が合成される。リプレッサーはオペレーターに結合し、RNAポリメラーゼによる構造遺伝子群の転写を抑制する。結果、ラクトース分解酵素は合成されない。

ラクトースが培地にある時

ラクトースがリプレッサーに結合し、ラクトース誘導物質となる。ラクトース誘導物質はオペレーターから離れ、RNAポリメラーゼの構造遺伝子群の転写が開始する。結果、ラクトース分解酵素が合成され、ラクトースは分解される。培地のラクトースが分解され、グルコースガラクトースになると「ラクトースが培地に無い時」の状態に戻る。

オペロン説
http://dnainfo.wikispaces.com/

原核生物と真核生物の遺伝子発現比較

  • 発現OFF:原核生物ではリプレッサーがオペレーターに結合している。真核生物ではDNAがヒストンに絡まったままであるか、もしくは抑制する調節タンパク質が調節領域に結合している(下図にはない)。
  • 発現ON:原核生物ではリプレッサーがオペレーターから外れてRNAポリメラーゼが結合している。真核生物では転写を促進させる調節タンパク質と基本転写因子とRNAポリメラーゼの複合体が結合している。
原核生物と真核生物

真核生物の遺伝子発現調節

染色体の構造

DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に絡みついてヌクレオソームと呼ばれる構造をとっている。ヌクレオソームがさらにコンパクトにまとまり、クロマチン繊維となっており、クロマチン繊維がさらにまとまって染色体となる。転写に必要なタンパク質が結合できるのは、クロマチン繊維がゆるめられている部分のみである。下画像の上段2段目がヌクレオソーム、3段目がクロマチン繊維

染色体

調節遺伝子

DNAには調節領域と呼ばれる部分がある。調節領域は、ある遺伝子の転写を開始を促進したり抑制する領域である。調節領域に調節遺伝子によって作られた調節タンパク質が結合することによって、遺伝子発現(転写開始)の調節を行っている。調節遺伝子は調節領域とは全く異なる部分にあるので注意。さらに詳しい説明は「遺伝子発現の調節-転写複合体-」を参照すること。

遺伝子発現を促進する場合

調節遺伝子が発現し、調節タンパク質(促進)が合成される。調節タンパク質はプロモーター付近にある調節領域に結合し、基本転写因子RNAポリメラーゼの結合を促進する。下画像のregulatory sequence=調節領域、gene regula proteins=調節タンパク質。様々な調節タンパク質が遺伝子発現に関わっている。

遺伝子発現を抑制する場合

調節遺伝子が発現し、調節タンパク質(抑制)が合成される。調節タンパク質はプロモーター付近にある調節領域に結合し、基本転写因子とRNAポリメラーゼの結合を抑制する。

遺伝子発現の連鎖

調節遺伝子Aが調節遺伝子Bの発現を促し、調節遺伝子Bが調節遺伝子Cの発現を促し…というように調節遺伝子の発現は連鎖的に生じる。この結果、ある調節遺伝子の発現によって細胞の働きが大きく分化していく。

唾腺染色体のパフ

ハエや蚊の唾腺には、唾腺染色体と呼ばれる巨大な染色体が存在する。唾液染色体にはパフと呼ばれる膨らんだ箇所があり、そこではDNAのクロマチン繊維が解けて、盛んにmRNAが合成されている。このパフの位置は、発育状態に応じて変化する。このことから、DNAが一定の順序で発現していることがわかる。

ホルモンによる遺伝子発現調節

エクジステロイドは昆虫の脱皮や蛹化を促進するステロイドホルモンである。エクジステロイドが細胞内に入ると(脂質なので細胞膜を通過できる)、受容体と結合して複合体を形成して核に運ばれる。核ではDNAの調節領域に結合して、遺伝子発現を促進させる。