ホメオティック遺伝子
ホックス遺伝子群の中にホメオティック遺伝子がある。ホメオティック遺伝子群には大きく分けて、アンテナペディア複合体とバイソラックス複合体がある。前者は主に頭部を、後者は主に尾部を形成する遺伝子である。
下画像のAntennapedia clusterはアンテナペディア複合体、bithorax clusterはバイソラックス複合体を指している。
ホメオティック突然変異体
このホメオティック遺伝子群に異常が生じ、本来の構造が別の構造に置き換わった個体をホメオティック突然変異体と呼んでいる。頭部に足が形成されているのは、アンテナペディア突然変異、二重の胸部と2対翅が生じているのはバイソラックス突然変異と呼ばれている。
ホメオボックス
これらのホメオティック遺伝子には共通して、ホメオボックス (homeobox) という180塩基対からなるDNAを含んでおり、60個のアミノ酸をコードするが、各ホメオティック遺伝子のホメオボックス塩基対の類似性は70~80%である (図1・21)。
このようなショウジョウバエのホメオティック遺伝子のホメオボックスのアミノ酸配列とよく似た配列をもつタンパク質が、酵母の接合型を決定する遺伝子産物 にも見いだされた。また、アフリカツメガエルでも、胚のある特定の発生時期にのみ出現する mRNAをコードするDNAにもホメオボックス類似の塩基配列が見いだされ、胚の形態形成に重要な役割をもつと考えられている。
マウスでもホメオボックスに類似の塩基配列をもつDNAがクローン化されている。これはマウスの第6染色体にあり、形態形成に関与する。ヒトではショウジョウバエのホメオボックスと90%の類似性をもち、61個のアミノ酸をコードする塩基配列をもつDNAがクローン化されてい る。このほか、ミミズやカブトムシ、ニワトリなどの動物でも、ホメオボックスに類似の塩基配列をもつDNAが見いだされている。以上のことからホメオボッ クスをもつDNAは、かなり一般的に多細胞生物の体制や構造の形成において、組織、器官を構成する細胞の配列や接着に関与しているものと考えられる。
「基礎遺伝学」(黒田行昭著;近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)
さらに1983年にスイスのバーゼル大学のゲーリングの研究室であらゆるホメオティック遺伝子に共通のDNAの塩基配列が発見され、「ホメオボックス」と 名づけられた。そして、この180塩基から成る共通部分はカエルの遺伝子でもマウスの遺伝子でも、ヒトの遺伝子でも発見された。そして、ホメオボックスだ けでなく、体節を決める基本の遺伝子群にも共通性が見られたのである。
ショウジョウバエとマウスとヒトの遺伝子にこれほどの共通性があるということは驚くべきことだった。実験的にハエの遺伝子を壊し(ノックアウトし)、代わ りにそれに対応するヒトの遺伝子を入れてやると、正常なハエになるほどである。今後、ハエの遺伝子の研究がヒトの遺伝子の研究と連携できるようになるのは 時間の問題と思われる。
私たちは、一見ヒトとは無関係に思える生き物の研究が生物学上の重要な発見に貢献してきたことを知っている。ホメオボックスの発見の歴史におけるハエだけでなく、アカパンカビやウニ、カエル、線虫、ホヤといった例がある。
また、ベイトソンの一見、時代遅れの研究が新たな生物学の地平線を開いたことを知った。
分子遺伝学といった最先端の研究ばかりでなく、あなたの身近にいる生き物の研究が、新しい生物学の門を開く可能性もあるとはいえないだろうか。
ショウジョウバエにおけるアンテナペディア遺伝子複合体とバイソラックス遺伝子複合体は進化の過程で遺伝子重複が起こり、哺乳類においてはそのホモログで あるHox遺伝子が異なる染色体上に4個のクラスターを形成している。ショウジョウバエと哺乳類における相同の遺伝子は同じ色で示している。哺乳類におい て、異なる染色体上の同じ番号の遺伝子はパラログ群を形成している。これらの遺伝子は3’側から5’側へと順に発現し、胚の前後軸の形成を誘導する。