トランスポゾンとは?
トランスポゾン は細胞内においてゲノム上の位置を移動(転移)することができる塩基配列である。DNA断片が直接移動するDNA型と、DNAから転写・逆転写して移動するRNA型がある。この移動は部位特異的組み換えと呼ばれる。この移動では、塩基配列が異なるDNA二重らせん間でもDNAが交換される。
このDNA間を移動する特殊な塩基配列は動く遺伝因子とも呼ばれる。生物のDNAにはこの動く遺伝因子が多くを占めており、ヒトゲノムでは45%がこのような配列である。しかし、これらの多くは長い進化の過程でランダムな突然変異が蓄積し、動く能力を失っている。
動く遺伝因子は増殖する傾向がある。そのため、寄生性DNAと呼ばれることもある。宿主には遺伝子の多様性を生み出す点では貢献しているが、有害な突然変異をもたらす場合もある。
下画像の上段はトランスポゾンが他の部位に移動した場合である。また、下画像下段は、トランスポゾンが複製されてオリジナルの部位を残したまま他の部位へにも移動した場合である。
トランスポザーゼ
動く遺伝子にはトランスポザーゼ(酵素)の遺伝子が含まれている。トランスポザーゼは移動に不可欠なDNA領域を認識し、トランスポゾンをDNAから切り離し、他のDNA部位に挿入する。
2つのトランスポザーゼがトランスポゾンを切り取り、移動させる。
レトロトランスポゾン
DNAが直接移動するのではなく、RNAに転写した後、逆転写酵素(この酵素の遺伝子はトランスポゾンに含まれている)によってDNAを再合成し、他のDNA部位挿入されるようなトランスポゾンをレトロトランスポゾンと呼ぶ。レトロトランスポゾンにはLINEやSINEなどの種類がある。
レトロトランスポゾンは、主に、LTR型レトロトランスポゾン、LINE(Long interspersed element)、SINE(Short interspersed element)の三種類に分類されます。LTR型レトロトランスポゾンは、レトロウイルスの親戚のような配列です。レトロウイルスとの関連性もあり、その転移・増幅機構はよく研究されています。ヒトゲノムには、およそ45万コピー(ゲノムの8%)存在しますが、現在も転移する能力を持つ配列は存在していません。LINE(Long interspersed element)は、ヒトゲノムに約85万コピー(ゲノムの21%)存在し、現在も転移する能力を持つ配列が存在しています。
L1因子(LINE-1)
ヒトゲノムの15%を占めるレトロトランスポゾンとしてL1因子と呼ばれるものがある。L1因子の大半は移動しないが、一部に移動能力を保っているものもある。発生初期にL1因子が血液凝固に必要なタンパク質遺伝子に入り込むと血友病などの病気が引き起こされることが知られている。
この病気も、出生前の細胞数が1個または極めて少数の時点で既にゲノムに変異があるからこそ、その後、細胞分裂によって生じた細胞全てが変異したゲノムを受け継ぎ、血液凝固因子を作れる細胞が全くもしくはほとんど無いせいで起こるわけです。生まれた後に、1個や2個の細胞で変異が起こって血液凝固因子を作れなくなったところで、他の細胞が作ってくれるので何とかなります。
もちろん、生まれた後であっても60兆個ある細胞全てでトランスポゾンが移動して血液凝固因子の遺伝子に変異を起こしたりすれば血液凝固因子を作れる細胞は1個も無い状態になります。しかしながら、ヒトゲノム中のトランスポゾンは移動する位置がバラバラなタイプ(昆虫のトランスポゾンには、ゲノムのテロメアという部分にだけ移動するやつとかもあります3))なので、全ての細胞で揃いも揃って同じ遺伝子に変異を起こすとかは、まずありません。
Alu配列(SINEの一種)
L1因子とほぼ同じぐらいヒトゲノムに含まれているのがAlu配列である。300塩基ほどの配列であるが、100万のコピーが存在し、ヒトゲノムの11%を占める。Alu配列はレトロトランスポゾンである。
他の生物との比較
ヒトとマウスのL1因子、Alu配列をゲノム上で比較してみると(マウスにも似たようなトランスポゾンがある)、DNA上の位置で一致している割合は少ない。これは、進化的に見ると、トランスポゾンがコピー数を増やしたのはつい最近の出来事であると推測することができる。
トランスポゾンの発見
1940年代にバーバラ・マクリントックはトウモロコシの実に見られる斑(ふ)に着目し、これがトランスポゾンの転移が原因であることを証明した。彼女はこの業績により、1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
トウモロコシのゲノムの約80%がトランスポゾンまたはそれから派生した配列であるといわれる。
トウモロコシの実の写真。(10)無色の実、(11) – (13)遺伝子の中に、遺伝子を切断する能力を持つ要素Acを1つ持つ実。発色遺伝子の一部がAcの作用で働かなくなり、まだらになっている。(14)Acを2つ持つ実。無色の箇所が多くなっている。(15)Acを3つ持つ実。 マクリントックはメンデルの法則に従えばAcを1個だけ持つはずの実の中に、Acが無いもの、あるいはAcが2個ある実が混じっているのを見つけ、これは遺伝子の中でAcの位置が動いたために起こったのだと説明した。
ウィルスは細胞から離脱できるトランスポゾン
ウィルスもトランスポゾンの一種と考えて良い。ウィルスにもDNAを直接に感染細胞DNAに組み込むものと、RNAから逆転写したDNAを組み込むもの(レトロウィルス)の2種類がある。組み込まれた遺伝情報を基にウィルスの殻が合成され、ウィルス遺伝子が複製されていく。
ウィルスの繁殖は感染細胞にとっては致死的で、最終的に細胞が壊され、子孫ウィルスが放出される。
まとめ
ヒトゲノムの50%以上は繰り返し配列でできており、その3分の2(34%)はトランスポゾンのコピーである。特にL1因子、Alu配列の割合が大きい。これらの配列は移動能力によって増幅し、他の部位へと転移する。転移によって病気になることもあれば、何も影響がない場合もある。
DNAの塩基配列は「不動」のイメージを抱きやすいが、むしろ「浮動」する。DNAは非常に柔軟な存在であるということを心にとめておこう。